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これからは作品っていうジャンル以外のものはいらない
ポッドキャストで配信していた
イトイさんと佐藤卓さんの対談より
たくさん作るっていうしくみは世の中に蔓延してて
たくさんなのにたくさんに見えないようなものを
みんな欲しがっているわけですね。
デザインってまさしくそうで、ばらまかれてるんだけど
「俺はこれが好きなんだ」と言わせるように
卓さんみたいな存在があるわけですよ。
コンマ一ミリ右か左かみたいなところまで
別にそんなの売り上げには関係ないかもしれない
それは言葉にはできないかもしれないけど
無意識にでも届くだろう という気持ちがどこかにある
その積み重ねが、絶対に届いているはずだ
大須からのかえりみち、この対談を聴きながらかえってきた。
トータル30分くらいなんだけど、もう10数回聴きかえしてる。
クリストのDVDとともに、大事な回復アイテム。
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「いい写真が撮れない奴っていうのは、写真が下手っていうよりも人生が下手なんだ」
さとなおさんのコラム「オサニチ第11回」より
アラーキーさんのことば。





すいようび / 「脳を鍛える」 というのは
もともと、人間の労働は身体を目一杯
使うものだった。
田植えをすれば筋肉が痛くなるし、
力仕事をすれば身体がしんどい。

近代「スポーツ」発祥の地は
英国。
つまりは、肉体労働をしなくて済む
「有閑階級」の贅沢だった。

世間は「脳を鍛える」ということに
熱心だが、
私が自分では一向に「脳を鍛える」
気にならないのは、要するに
朝から晩まで脳を酷使している
からだと気付いた。

「脳を鍛える」
というのは現代人にとっての
一つの贅沢かもしれぬ。

茂木健一郎 クオリア日記 / 毬の糸 より。
なるほどなあ。と思ってはりつけてみた。
最近、休みの日はなるべく「建築」から離れているのだけど
それとこれとは関係があるのだろうか





すいようび / 実存主義者
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無駄な相手の尊さ
必要なのは自分を評価してくれる人物ではなく、
評価の外に置いてくれる相手である。
学業や仕事の業績とは何の関係もなく、
特に意味のない会話でもそれじたいを
尊いものとして理解してくれるような、
精神的立て直しの手助けを引き受ける
存在だ。相談に対して回答を用意する
のではなく(それだと評価の一環にな
ってしまう)、忌憚のない意見を聞か
せるのでもなく(当然のことだ)、
触れ合っていることそのものに、短く
はあっても時間を共有していることに、
継続的な安心感をもたらしてくれる人
間を人は人として持たなければならない。
あるいはそのような人に、
自分がならないといけない。

駒沢敏器さんの「先見日記」6/9付より





バガボンド28巻のあとがき
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森山邸あれこれ
仕事中にパラパラ読む本、雑誌の中に最近
よく西沢立衛さんの「森山邸」がでてくる気がする。

最近、といっても新建築とか住宅特集とかバックナンバーも
しょっちゅう見るからいつの間にか2、3年前の資料に
さかのぼってたりするわけですが。

今担当している物件のために学ぶところが多くて
少しずついろいろな方の言葉を集めてみてるところ。
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つくりすぎない
 新園舎で、引き違い式の戸を多くしたのは、寒
ければ戸をきちんとそろえて閉めなければいけな
いとわからせるためです。ヒモ式の電球照明にし
たのは、電球の下に行ってヒモを引かなければ点
灯できません。手回し式の蛇口も、出しすぎれば
水が飛び散って自分がぬれます。また、蛇口をしっ
かりと閉めなければ、水を出しっぱなしになり、もっ
たいないとわかります。大人からみれば不便な点
があるのかもしれませんが、その不便さが子ども
たちに考える力、工夫を引き出すと思うのです。
 今は、つくられすぎている時代です。だからこそ、
大人は子どもたちのために、あえてつくりすぎない
ようにする必要があると考えています。

日経アーキテクチュア 特別編集版
「これからの学校 2008」 P21
ふじようちえん園長 加藤積一さんのインタビューより。





ロングライフデザイン
わたしは「長続き」するものは「あらかじめ飽きたカタチ」をしていると思うのです
秋田道夫さんのBlogより。

この2日間、この言葉が頭からはなれない。

佐藤卓さんとの対談(iTunesがたぶん起動します。)でイトイさんが言っていた
「技術にバトンタッチする」
ぶりの衝撃。





高貴にして寛容
言葉のひとつひとつに至るまでさんざん
練りに練って考えたシナリオの台詞を、
役者が間違って言ってしまったときに、
そのシナリオにはない言葉を「あ、その
台詞でいいのでは」と受け入れる映画監
督と、緻密に構築された台詞は一言も言
い間違えてはならないと、あくまでも役
者のミスを否定する監督がいたとしたら、
私は前者の監督のように建築の設計をし
たいと思う。

堀部安嗣の建築
form and imagination

P.194
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PROFILE
名古屋市にある
若い、小さな
建築設計事務所に
通っています。

もうすぐ3年目

アナログカメラも
ただいま2年目。

nobysan[at]gmail.com



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