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森山邸あれこれ
仕事中にパラパラ読む本、雑誌の中に最近
よく西沢立衛さんの「森山邸」がでてくる気がする。

最近、といっても新建築とか住宅特集とかバックナンバーも
しょっちゅう見るからいつの間にか2、3年前の資料に
さかのぼってたりするわけですが。

今担当している物件のために学ぶところが多くて
少しずついろいろな方の言葉を集めてみてるところ。
まだ、いくつか読み返したい記事、対談があるので
ちょっとずつ更新していきたいと思っています。
おすすめテキスト等ありましたら、ぜひご一報をー


森山邸について僕が感じるのは、「賃貸集合住宅」というよりも
何かもっと単純に、関係ない人びとがどう別々に、同じ敷地に滞在
できるかという、もっと原始的な風景だ。
たぶん、「透明でバラバラである」という空間の状態が、
集合住宅という用途において意義を持ちつつも、
その用途を超えてもっと広く、集合住宅以外の何かにおいても場合に
よっては適用可能な原則であることを、期待しているからだと思う。
西沢立衛 
「新建築2006年2月号 巻頭論文
 建物の創造的な原則について」


この建築の「ありえなさ」は、いくつかの側面から語ることができるし、
それはこの建築を集合住宅としては特殊解と結論することにもなるの
かもしれない。しかし、森山邸をそのようにとらえてしまう状況こそ、
集合住宅の閉塞感を表しているのである。森山邸の居住者同士の
明るく軽やかな関係は、集合住宅というプログラムに新しい方向を
示している。
篠原聡子
「住まいの境界を読む -人・場・建築のフィールドノート-」

<森山邸>は、言うまでもなく分棟型として人類の住宅史に
位置づけることができるのだが、数千年の時間をすっ飛ばして
こういう乱暴な比較を思いついたのはこの連載のおかげで、
ということは読者も共犯で、前出の藤本壮介の「T house」のとき、
あの出所不明の平面がじつは竪穴式住居と通じていることに
気づいた。竪穴式住居は大屋根型の始点。

藤本壮介の「T house」は大屋根型。西沢立衛の<森山邸>は分棟型。
これは偶然なのか必然なのか。ふたりとも、そんな人類の住まいの歩み
など知らずに、今の自分の思考と感覚に従い、あるべき住まいの姿を突
き詰めて、たどり着いたわけだが、知らずに至ったというところに逆に、
私としては必然性を認めずにはいられない。

とすると、どうして今の日本で、二十一世紀の初頭にこういう現象が起
こったのか。建築の歴史は終わりに近づいている、と思うこともあるし、
新しい歴史が始まりだしている、と思うときもある。
藤森 照信 下村 純一
藤森照信の原・現代住宅再見〈3〉
4887062729


森山邸がモダニズムの言語を用いてそのユートピア的イメージをも
オプティミスティックに語りながら、今、現在の東京に投げ込まれる
ことの意味が、この昨今のプロダクト的建築ブームの中、もっと問
われなければならない。至高の閉じられた空間、薄い皮膜の中に
ひっそりと身を置く場所などにはなり得ぬということ
ーー東京という街は、そんな白く、無機質で、ミニマルだと主張する
ものさえ数えきれないほどに飲み込み、それを浸食し、変容し、
並列化し、あるいは自らの増殖のプログラムとしていった。
そんな牙を剥く強大な力ーー「ジャンクスペース」を作り出していった
責任を、都市建築はらんでいるということ、そのなかで建築をする
ということの意味を、問わなければならない。
Delirious New York Diary
ギャラリー・間「21世紀の住宅論」伊東豊雄 講演会
(blog休止中!?)

Delirious New York Diaryさんのこのエントリは抜粋したところ以外にも
かなり読みごたえがあって、まだ全然飲み込めてないのですが…
最後のとこで磯崎さんの「住宅は建築か」という問いが登場していてここも気になるところ。
コールハースの「ジャンクスペース」、3年生くらいのときに一応読んだけど
ちんぷんかんぷんだったんだっけ。

「ブログまでブログ」さんの読了メモも合わせて読み返してみよう。
あ、「住宅の射程」をまだ読んでないや…
事務所の本棚にあったけど、まあ買ってみようかな。





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レファありがとうございます。ノビさんの写真がきれいで毎回見とれてます。
『住宅の射程』ですが、全体的に一読の価値ありかと思います。森山邸に関しては、個人的に最近サラッと触れた原広司の「ディスクリートネス」と森山邸とが近いのか遠いのかをふつふつと考えたりしていますが、もすこし森山邸の日常的な使われ方が見えるような資料があると嬉しいです。建築家による革新性の賞賛コメントばかりではちょっと疲れちゃいますし。


おおー、写真!ありがとうございます。
うれしいなあ。

>革新性の…
そうですね、確かに(笑
今回はまとめの部分だけ抜粋した
篠原聡子さんの「住まいの境界を読む」は確かまだ新しめな本で、こないだ所長に渡されて読んだばっかなのですが、
森山さんや住人のインタビューとかがちょこちょこあっておもしろかったですよ。
森山さんあっての森山邸なんだなあーっと当たり前のようなことを納得したりして。

おー、なんだか気が少し引き締まった。
最近仕事以外で建築のことなんて考えてなかったもんなー


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住まいの境界を読む―人・場・建築のフィールドノート
ロドリゲスインテリーン/20091206

PROFILE
名古屋市にある
若い、小さな
建築設計事務所に
通っています。

もうすぐ3年目

アナログカメラも
ただいま2年目。

nobysan[at]gmail.com



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