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重さがないものを与えるとは?
エンターテイメントというのは派手なぶん、
幻想的で、ともすると羨望の対象のような
存在に見られがちです。
ですが、実は、日々の空腹を満たすわけでもなければ、
枯れ行く地球資源を補う行為でもありません。
だから僕たちエンターテイメント業界の人間は、
日々手を汚して米を作ったり、
資源を作り出している人々に
“喰わせてもらっている”ような存在です。
僕らは貴重な資源を消費するだけの存在なのですから。
じゃ、そんな人間ができることはなにか、というと、
日々の糧を生産している人たちの心を
元気にすることだけです。
人の心というのは、元気になるのに、物質は不要です。
そして心が元気になれば、生産性もあがる、
これが人間です。
CD-ROMは、空っぽのものも、新作ゲームが入ったものも、
つまらないゲームがはいったものも、
1mgも重さは変わらない。
物質的にはまったく等価です。
記録されたデータのところどころの
パターンが違うだけなのです。
このパターンの組み合わせは有限ですが、
つまり740MBという組み合わせの中に、
モナリザの微笑からシーマンの顔まで、
すべての組み合わせが含まれているわけです。
だから、僕たちは「作っている」と
表現としてはいますけれど、
実は「選んでいる」だけなのです。
もっというと、視聴者の心の中のトリガーを
ちょんと跳ね上げているだけで、
何か物質的なものを与えていることは出来ない。
もしそこに「感動」が生まれたとしても、
それはもともと人の心にすでにあったものなのです。
そのパターンを変えているに過ぎない。
情報というのはそういうものです。
「重さがないものを作る」、
という表現も言い方をかえると、
相手がすでにもっているものに気付かせる、
という行為にほかなりません。
その発見のための「プレゼンテーションの道具」が
ゲームだったり映画だったり、
つまり僕たちエンターテイメント業界と
いうことがいえます。
僕たちは、そのプレゼンテーションの道具を通して、
「元気になった」、といわれるための活動に、
ちょっとの対価をもらって、
それを集めて次の元気のもとを考える‥‥、
それが僕らの仕事、というわけです。
だから生産活動に汗をかいている人を
元気にすることを忘れてしまうと、
この仕事は成り立たないことになる。

ほぼ日:2007-11-28 斉藤由多加の「頭のなか」。最終話より
「土曜日のランダムボタン」でランダムにたどり着いて
うわーって思ったことば。かなり長いけど抜粋。
僕が今やっている建築という仕事を成り立たせるために、
忘れてはいけないことってなんだろう。





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PROFILE
名古屋市にある
若い、小さな
建築設計事務所に
通っています。

もうすぐ3年目

アナログカメラも
ただいま2年目。

nobysan[at]gmail.com



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